化学産業のインフラをスタートアップが塗り替える——Sotas吉元裕樹氏が描くデータ流通ビジネス
Startup Vision Interview #20
化学産業のインフラをスタートアップが塗り替える——Sotas吉元裕樹氏が描くデータ流通ビジネス
化学産業のサプライチェーンには、今も大量の非効率が眠っている。素材ひとつの物性データを確認するために、担当者はサプライヤーに問い合わせを送り、書類を受け取り、各社バラバラな試験条件で作られたデータを比較できないままサンプルを取り寄せて再試験する。このやり方で何十年もやってきたわけだ。 なぜ変わらなかったのか。根底にあるのは、素材の配合・製法という知的財産を守るための秘匿性文化が、本来は共有できる情報にまで過剰に及んできたという構造的な問題だ。加えて、化学業界は人材の流動性が高くなく、業界の外を知らない人も少なくない。業界の中だけにいれば、この非効率は「当たり前」に見えるかもしれない。 その「当たり前」を「改善できる」と捉えた稀有な人物が吉元裕樹氏だ。化学メーカー・自動車メーカー・SaaSスタートアップという3つの異なる業界を実務で渡り歩いたことで、各業界のITリテラシーの差分を体で知り、化学産業だけが取り残されている事実を比較対象として見ることができた。 Sotasは2022年3月の創業から4年、エクイティのみで累計16億円超を調達し、2026年2月にはシリーズAラウンドを1stクローズした。この節目に、吉元氏が描く事業の全貌と、化学産業変革への構想を改めて聞いた。
インタビュイー
■私を構成するキーワード
#素材×IT、#大手×スタートアップ、#0→1、1→10、10→100
■主な略歴
DIC→日産→ACALL→Sotas創業
ACALL:マーケティングマネジャーで入社後、取締役副社長COOまで歴任。SaaSの売上を2年で約5倍強にし、正社員20名→60名へ成長させ、事業と組織を牽引。アーリーで入社し、シリーズA/Bを経験。
日産:カーシェアサービス『NISSAN e-シェアモビ』のレベニュー向上とコストカットにより大きく収支状況を改善。また、グローバルでのMaaSの中期経営計画の策定も兼任。
DIC:自動車構造用接着剤の事業責任者として中国を含むアジアを中心に年間売上10億円弱の0→1を創出。セールスでは国内外で最大137社の顧客を担当しながらも、在籍中はALL予算達成。担当予算は数十億円中盤。
ミッション
興味関心
化学産業のサプライチェーンには、今も大量の非効率が眠っている。素材ひとつの物性データを確認するために、担当者はサプライヤーに問い合わせを送り、書類を受け取り、各社バラバラな試験条件で作られたデータを比較できないままサンプルを取り寄せて再試験する。このやり方で何十年もやってきたわけだ。
なぜ変わらなかったのか。根底にあるのは、素材の配合・製法という知的財産を守るための秘匿性文化が、本来は共有できる情報にまで過剰に及んできたという構造的な問題だ。加えて、化学業界は人材の流動性が高くなく、業界の外を知らない人も少なくない。業界の中だけにいれば、この非効率は「当たり前」に見えるかもしれない。
その「当たり前」を「改善できる」と捉えた稀有な人物が吉元裕樹氏だ。化学メーカー・自動車メーカー・SaaSスタートアップという3つの異なる業界を実務で渡り歩いたことで、各業界のITリテラシーの差分を体で知り、化学産業だけが取り残されている事実を比較対象として見ることができた。
Sotasは2022年3月の創業から4年、エクイティのみで累計16億円超を調達し、2026年2月にはシリーズAラウンドを1stクローズした。この節目に、吉元氏が描く事業の全貌と、化学産業変革への構想を改めて聞いた。
草創期のベンチャーで学んだ「覚悟」という基礎体力

吉元氏の出発点は、一般的なスタートアップ創業者と比べると少しユニークだ。建築学科・都市計画専攻という理系エンジニア的素養を持ちながら、大手不動産デベロッパー2社の内定を辞退して、名古屋の零細不動産ベンチャーに新卒第一期生として飛び込んだ。両親がともに経営者という家庭環境が「安定志向」という重力を薄め、その代わりに叩き込まれたのが泥臭い営業文化と「覚悟」だった。
入社3か月で同期13人中10人が離脱するような環境の中、吉元氏は生き残った数人のうちのひとりだった。その後の化学メーカー→自動車メーカー→SaaSスタートアップという多業種横断のキャリアは、単なる転職の積み重ねではなく、後にSotasの創業アイデアを構造化するための布石だったと言っていい。業界を多岐に渡り歩いた人材は、化学業界にはほぼ存在しない。それがこの事業を吉元氏以外の誰かが始められなかった理由でもある。
- インタビュアー
- ご両親が経営者であることと、大手の内定を辞退して零細ベンチャーに入社したことは、どのようにつながっていますか。
- 吉元
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両親が二人とも経営者だったことで、「大手に入りなさい」という圧力をほとんど受けずに育ちました。父は家にいない時間の方が圧倒的に長く、仕事がすべてという人間でした。そういう家庭で育てば、自然と「仕事とはそういうものだ」という感覚が身につく。大手不動産デベロッパーの内定をもらっていたものの、就活イベントでたまたま出会った不動産ベンチャーの社長の話が面白くて選考を受けることに。一次面接でいきなり「このボールペンを私に1円でも高く売れ」と言われた瞬間に「ここで働けば営業力が鍛えられる」と確信しました。そういう直感的な判断ができたのは、やはり親の影響が大きかったと思います。
- インタビュアー
- 実際に飛び込んだそのベンチャーは、同期13人中10人が3ヶ月で離脱するような環境だったとのことですが、その経験は今の経営にどう影響していますか。
- 吉元
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あの頃の感覚は今も自分の基準になっています。今をときめく日本のテック大手も、創業期は寝ずに働くのが当たり前の世界でした。今のスタートアップは、当時ほどの緊張感はないと感じます。ただ、それを公言できる時代でもなくなってきました。重要なのはあの環境で生き残ったことで「タスクをこなす能力」が磨かれたという事実で、創業してみたらそれが本当に活きました。
起業したての頃、想像していたより「長期的な投資に使える時間」があると気づきました。大企業では社内調整や会議に多くの時間が取られますが、創業者として動き始めると、時間の使い方を自分で設計できます。その余白をどう使うかを考えたとき、長期的に複利が効く選択として政策へのロビイングを選びました。地味でも続ければ積み上がります。その感覚を最初の職場で体に刻んだと思っています。
- インタビュアー
- そうした下地を持ちながら、その後は化学メーカー・自動車メーカー・SaaSスタートアップと業界をまたいで転職されていきます。この多業種横断のキャリアは意図的なものでしたか。
- 吉元
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意図していたというより、「居心地の悪い場所に向かう習性」があったのかもしれません。化学メーカーにいた頃は「こういうものか」と思っていました。でも自動車メーカーに移ったとき、製造業の中でも自動車産業は格段にITが進んでいることに驚きました。
さらにSaaSスタートアップに移って初めてエンジニアと横並びで仕事をしたとき、「化学メーカーでの当たり前は世の中全体の当たり前ではない」とはっきり気づきました。それがSotasをこの事業で立ち上げた理由そのものでもあります。
なぜ標準的な調達インフラが生まれなかったのか

化学産業の情報断絶を、単なるデジタル化の遅れと見るのは正確ではない。問題の核心は「秘匿性の過剰適用」にある。素材の配合・製法は確かに守るべき知的財産だ。だがその文化が、本来なら共有して差し支えない物性データや規格情報にまで及び、あらゆる問い合わせを個別対応へと引き込んできた。
結果として何が起きているか。各社の試験条件がバラバラなため、受け取ったデータは横並びで比較できない。サンプルを取り寄せて自社で再試験するしかなく、これが製品開発のスピードを根本的に落としている。特にサプライチェーンの川中で加工・製造を担う中小企業ほど、この非効率に消耗している。他の産業には業界横断で使える標準的な調達インフラがある。だが化学素材の世界にはそれが存在しない。吉元氏が化学産業のペインを一言で表すとき、必ずこの対比に行き着く。
Sotasが提供する主軸プロダクトは現在2つだ。「Sotas化学調査 ※1」は化学物質の法規制チェックやサプライヤーとの書類管理を自動化する。「Sotasデータベース ※2」は3,000種類超の物性項目マスターを横断検索できる業界特化型データベースだ。この2プロダクトは「大手・中堅化学メーカーの研究開発・品質保証・調達・営業部門」という共通の顧客層を持ち、バンドル販売とマーケティングの共通化が可能なコンパウンド構造を形成している。
さらに吉元氏が描く中長期戦略は、SaaSの枠をはるかに超える。化学バーティカルのデータを世界で最も多く持つ企業となり、業界固有のデータをAPIを介してAIプラットフォーム企業に販売する構想だ。M&Aによる試験・分析機関の買収も視野に入れ、業界標準のデータ規格を自社が定義しようとしている。
- インタビュアー
- 化学産業のデータ断絶は、なぜ長年解決されてこなかったのでしょうか。
- 吉元
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根本的な原因は、秘匿性文化が過剰に適用されてきたことだと思います。秘匿性が本当に高い素材もあれば、正直そこまで囲い込まなくていい情報もある。でも両者が同じオペレーションで扱われてきました。だから本来オープンにできる情報を得るためだけに、毎回個別問い合わせが発生します。
権限設計とカテゴリ分けをきちんとやれば解決できる問題なのに、それを真正面から解きに行こうとする人が今までいませんでした。人材の流動性が低い業界なので、長年のやり方が「普通」だと思い込んでいる人が多いのです。業界の外から見た経験がなければ、これを問題として認識すること自体が難しかったんだと思います。
- インタビュアー
- 外から見なければ気づけない問題だったとすれば、解決しようとする人が現れなかったのも必然かもしれません。Sotasはどのようにその空白に踏み込んでいきましたか。2プロダクトに絞った理由と、その先に描くビジョンをあわせて教えてください。
- 吉元
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プロダクトを絞った理由は大きく2つあります。
まず、「Sotas化学調査」と「Sotasデータベース」のPMFが先に来たこと。そちらに強い引力があったので、リソースをそこに集中させる判断は自然な流れでした。もう一つが顧客層の問題です。この2つは「化学メーカーの研究開発・品質保証・調達・営業部門」に売る話で、マーケティングコストを共通化してバンドル販売もできます。
一方で「Sotas工程管理」はプラスチックの成型加工業者に売る話で、商流がまったく別になります。コンパウンド戦略でスケールさせるには、誰に売るかが一致していることが前提です。既存のお客様へのサービスは続けますが、今後、新規の営業は行わない予定です。
その先のビジョンとしては、世界で誰よりも化学バーティカルの情報を持つ会社になりたいと思っています。その情報をAIプラットフォームにAPI経由で販売する。化学データは非公開のものが多く、グローバルでどの国のメーカーにも共通して必要とされます。先に構造を作ってしまえば後発が乗っかってきます。それがこのプラットフォーム戦略の骨格です。
- インタビュアー
- 世界でデータを流通させるという構想を実現するにあたって、M&Aも選択肢として挙げられています。具体的にどういった企業が対象になりますか。
- 吉元
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「データを持っている会社」と「データを取りに行く会社」の両方がターゲットになります。特に関心があるのは試験・分析機関の買収です。現状、化学素材の物性表は各社が試験条件をバラバラに設定して作っているため、横並びで比較できません。だから大手メーカーはサンプルを取り寄せて自社で再試験するしかありません。
もしSotasが試験機関を買収し統一した条件でデータを作れれば、それが業界標準になります。実際にこの構想をお客様に話すと「それは最高だ」という反応が返ってきます。標準を握った方が勝ちで、マーケットシェアを先に取れば国や業界団体が後から合わせてくる可能性もあります。次に目指すシリーズBの事業計画にもM&Aの想定案件を組み込んでいます。
じわじわと積もっていった「淀み」──SaaSスタートアップを離れた日の決断

2021年から2022年にかけて、循環経済(サーキュラーエコノミー)関連のスタートアップが日本でも相次いで立ち上がった。廃棄物や排出量を経済合理性の中に組み込もうというモメンタムが一気に高まり、吉元氏はこの動きをSaaSスタートアップのCOOという立場から目撃していた。
彼が感じたのは「羨ましい」という感情ではなく、「自分がやらなければならないものが動き始めた」という焦りに近い衝動だった。循環経済の出口側(CO₂の可視化)ではなく、その川上にある「素材プラットフォームの整備」こそ、自分のキャリアの掛け算が最も発揮できる場所だと気づいたとき、SaaSスタートアップへの献身にひびが入り始めた。この感覚は一夜にして生まれたものではなく、モメンタムが来るたびに心の中にじわじわと積もっていった。
- インタビュアー
- SaaSスタートアップでCOOまで務めたポジションを離れて創業に踏み切った、最大のきっかけは何でしたか。
- 吉元
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一番大きかったのは、SaaSスタートアップへの気持ちに「淀み」が生まれたことです。COOという立場は、CEOと同様の覚悟が必要だと思っています。会社に120%向かっていなければなりません。でも心の中に「これ、俺が(Sotasのビジネスを)やらなくていいのか」という衝動が止まらなくなってしまった。
この状態を続けることは会社に対しても誠実じゃないと思ったんです。前職の代表に何度も話をして、最終的には「やりたい気持ちは抑えられない」という言葉で納得してもらいました。前職に入社する際に、「いつかは起業する」とあらかじめ伝えていたので、ある意味では覚悟していた別れでもありました。
- インタビュアー
- 前職で欠かせない役割を手放しての創業だったわけですが、創業初期はどこに最も苦労しましたか。
- 吉元
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データの構築が本当に大変でした。ゼロからデータを整備するというのは徹底的に泥臭い人海戦術の世界で、私自身も何千行、何万行のExcelをひたすら入力し続けました。今なら生成AIを使えばもっとうまくできますが、当時はその手段もなかった。
また、最初の半年ほどは静脈産業(リサイクル領域)でフィールドワークをしていましたが、スタートアップのマネタイズとの相性の悪さを感じて方向を転換しました。急成長を前提とするスタートアップにとって、営業サイクルの長い領域との相性の悪さは致命的になりえます。その判断を早めに下せたことは、結果的に良かったと思っています。
- インタビュアー
- そうした苦労を乗り越えるうえで、SaaSスタートアップでの経験はどのように活きていますか。
- 吉元
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SaaSビジネスにおけるエンタープライズ営業の全体像を体で覚えられたことが大きいですね。前職ではエンタープライズ案件を数多くやっていましたが、長い案件で1年半かかることもありました。ARRと営業コストのバランス感覚、どの規模の案件を取りに行くべきかという判断軸は、あの経験なしには身につかなかったと思います。
また、CEO経験者を積極的に採用したいという今のスタンスも、COOとして「No. 2としての覚悟」を求められた経験から来ています。自分だけでは回せない規模のビジョンを持つからこそ、同等以上の覚悟を持つ人材が必要だということが、肌でわかっています。
「一人当たりARR 4,000万円」──AIネイティブ組織の設計

Sotasは2026年2月、シリーズAラウンドを1stクローズした。この資金を使って、次に取り組むのは組織拡大だ。当初の計画では2027年末までに250名体制を想定していたが、生成AIの急速な進化を受けて吉元氏はその計画を見直した。「当時はAIを考慮せずに書いた事業計画だった」として、現在は150〜160名が最適規模と見ている。
しかし単純に採用人数を減らすということではない。吉元氏が目指しているのは「一人当たりARR(年間経常収益)4,000万円」という高密度な組織だ。国内上場SaaS企業の一人当たりARRの平均が約2,000万円(2024年)※3とされる中、トップクラスでも3,000万円強にとどまる現状で、それを大きく上回る水準であり、少数精鋭で生産性を極限まで高め、その分を社員の給与に還元するという循環を設計している。
組織づくりのもう一つの軸が、Cレベル人材の積極採用だ。吉元氏は「自分一人では回らない規模のビジョンを持っている」という自覚のもと、自分の役割を意図的に分散できる「上位互換」の人材を採りに行っている。直近でも複数の上場スタートアップの経営経験者がジョインする予定があり、組織の「経営密度」を上げる段階に入ってきた。
- インタビュアー
- 採用計画を250名から150〜160名に見直した背景を教えてください。
- 吉元
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一番の理由はAIです。最初に事業計画を書いた時は、今のような生成AIの進化を前提に入れていなかった。特にエンジニアリングの部分は、必要なヘッドカウントが大きく変わりました。開発メンバーは間違いなく絞れます。もう一つ、エンジニアは勤務体系がリモートを求める一般性等を考慮するとマネジメントコストが相対的に高い。情報共有のコストも大きい。それであれば、コアメンバーを絞って高密度に回す方が経営としてもマネジメントしやすい。
アメリカにはAIネイティブな会社で一人当たりARR 1億円を超えているところも出てきているほどです。少ない人数で回すということではなく、その分ひとりひとりの給与もきちんと上げていきたい。それが実現できる組織を作っていきたいと思っています。
- インタビュアー
- 少数精鋭で高密度な組織を作るとなると、一人ひとりの質が問われます。特に幹部については、どのような人材を求めていますか。
- 吉元
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Cレベル・執行役員経験者は絶対に必要だと思っています。SotasのビジョンはM&Aを含む複数の事業ラインが走り出す規模で、私一人では到底実現できません。最近も、上場スタートアップの創業メンバーや執行役員経験者が続々と入ってきています。私が意識しているのは「上位互換ができるか」という点です。自分の役割を担える人、自分より優れた領域を持っている人を積極的に採用したいと思っています。
大事なのは、事業のビジョンに本気で共鳴できるかどうかです。化学産業のインフラを変えるというのは10年20年スパンの話で、その射程距離を持ちながら今この瞬間の実行力も持っている、そういう人材が必要なんです。CEOの経験者が5人いてもいいぐらいの組織にしていきたいというのが、正直な気持ちです。
国家プロジェクト「CMP」と脱炭素──グローバルインフラへの射程

経産省の国家プロジェクト「CMP(化学物質資源循環情報プラットフォーム)※4」へのアプリケーションベンダーとしての採択は、Sotasの立ち位置を単なる「化学SaaSスタートアップ」から「日本の脱炭素サプライチェーンのインフラを担う企業」へと引き上げるインパクトを持つ。
CMPの背景にあるのは、ヨーロッパの「GAIA-X ※5」だ。EU域内で製造された製品のCO₂排出量を中央管理・可視化を目指すGAIA-Xは、ヨーロッパが「脱炭素という新たな地政学的覇権」を狙って設計した国際標準戦略でもある。その日本版がCMPだ。製造業の中でも著しいCO₂を排出する鉄鋼と化学のうち、化学サプライチェーンのデータ基盤を担うアプリベンダーとして、富士通やNECと並んでSotasが選ばれた。
採択の理由は公式には明かされていないが、吉元氏は「泥臭いロビイング」「サプライチェーンの川中を知る唯一の特化型ベンダーとしての実績」「政府のスタートアップ政策との文脈」という3点を挙げる。大手企業を抑えての採択は、化学産業の深部を知る者にしか提供できない価値が評価された結果だ。
- インタビュアー
- CMPプロジェクトへの採択は、Sotasにとってどのような意義を持ちますか。
- 吉元
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かなり大きな話だと思っています。製造業の中でCO₂排出量が最大の業種は鉄鋼と化学ですが、化学はトレーサビリティが追いにくい。液体も気体もあり、化合物になったり分解されたりして変化するからです。そこで化学サプライチェーンのデータ基盤を構築するアプリベンダーとして選ばれたのが我々です。設立4年のスタートアップが、誰もが知る大手企業2社と並んでいる事実は、単にプロジェクトに採択された以上の意味があります。化学産業全体のデータ標準を作る側に立つというポジションの確立です。
- インタビュアー
- 「化学産業全体のデータ標準を作る側に立つ」という大きな意義がある一方で、なぜSotasが選ばれたのか。採択に至った背景には何があったと考えていますか。
- 吉元
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採択の理由は明かしてもらえていないので、あくまで私の推測ですが、3点あると思っています。まず、かなり泥臭くしつこいロビイングを続けたこと。起業したての頃に「長期的な投資に使える時間がある」と気づいて、政策ロビイングを早い段階から続けてきました。次に、化学業界への特化と、サプライチェーンの川中という見えにくいプレイヤーに対する実績です。
川上と川下の両端は大手が多くて把握しやすいのですが、川中はブラックボックスになりやすい。そこでの実績と知見が評価されたと考えています。3つ目は、政府のスタートアップ政策との文脈です。こういうビッグプロジェクトが大手ばかりでは構造が変わらないと、経産省の担当者に言い続けてきました。結果として、採択に至りました。
- インタビュアー
- 日本でのポジションを固めつつ、視野はグローバルにも向いていると思いますが、グローバル展開についてはどのように考えていますか。
- 吉元
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化学反応の法則は世界中どこでも同じです。アメリカのメーカーも、ヨーロッパのメーカーも、アジアのメーカーも、同じ物性データを必要とします。それがこの事業のマーケットが本質的にグローバルである理由です。今は日本市場の攻略を優先していますが、それはグローバル展開を後回しにしているのではなく、日本で最も深いデータ資産を構築することが、世界のどの市場に出ていくにも最大の参入障壁になると考えているからです。CMPへの参画で化学サプライチェーンのデータ標準に関わる立場になったことで、その基盤はさらに厚みを増しています。

インタビューを終えて残るのは、問いよりも感触だ。吉元氏は「なぜこれをやるのか」という問いに対して、明快な言葉を持っている。「やる人がいないから、自分がやるしかない」。それだけだ。論理でも損得でもなく、ただそれだけが出発点にある。
大きな産業課題ほど、「誰かがやるべき話」として長年放置されてきた歴史を持つ。国も、業界団体も、大手企業も、問題を知りながら動けない構造的な理由を抱えていた。その空白に入っていけるのは、しがらみのない起業家だけだ。
ただ、しがらみがないだけでも足りない。その業界の内側を深く知りながら、同時に外から俯瞰できる目線を持っていなければならない。吉元氏がその両方を持っていたのは、偶然ではなく、「居心地の悪い場所」に向かい続けた選択の積み重ねだった。
産業インフラの変革は、いつも地味で、長く、報われるまでに時間がかかる。「自分がやらなければ誰がやる」というパッションが、産業の標準を塗り替えるかどうかは、これからの実行にかかっている。
参考
※1 Sotas化学調査
※2 Sotasデータベース
※3 ALL STAR SAAS BLOG「国内SaaS企業における従業員1人あたりARR」
※4 CMP(化学物質資源循環情報プラットフォーム)
※5 GAIA-X
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