シンギュレイトが拓く「聞くマネジメント」──主体性を引き出す組織を、認知神経科学から考える
Startup Vision Interview #19
シンギュレイトが拓く「聞くマネジメント」──主体性を引き出す組織を、認知神経科学から考える
日本企業の生産性向上や組織改革が叫ばれて久しいが、「人が活きる組織」の実現はいまだ容易ではない。スキル研修や目標管理制度は導入されはじめてきた一方で、社員の主体性や創造性が十分に発揮されているとは言い難い。役割に縛られ、本音を語れず、上司と部下の間に見えない壁が立ちはだかる──そうした組織は今も多く存在している。とりわけ近年は、働き方の多様化やAIの進展によって、「人をどうマネジメントするか」そのものが、根本から問い直されている。 この課題に、科学の視点から切り込んできたのが、シンギュレイト代表取締役の鹿内学氏だ。認知神経科学の研究者としてキャリアをスタートし、リクルート、パーソルを経て2016年に起業。日本で「ピープルアナリティクス」という言葉がほとんど知られていなかった時代から、データと科学的知見に基づく組織マネジメントの可能性を探ってきた。 シンギュレイトが開発した『Ando-san(あんどうさん)』は1on1対話を支援するツールだ。ただし、それは単なる面談記録システムではない。その根底にあるのは、「聞くこともマネジメントの中核である」という発想と、主体性こそがイノベーションの源泉になるという信念だ。 さらに鹿内氏の構想は、個別の手法にとどまらない。人的資源(Resource)から人的資産(Asset)、さらに人的資本(Capital)へという概念の転換。信頼と安心・安全の本質的な違い。価値観でつながる組織への移行──。これらは、産業社会が前提としてきた人間観そのものへの問い直しでもある。 アカデミアとビジネスを往還し、科学と人間性の接点で格闘してきた起業家は、組織と社会の変化をどこまで見据えているのか。
インタビュイー
京都大学医学研究科教員からキャリアをスタート。認知神経科学の研究に10年ほど従事したのち、2015年より大手人材企業にてデータ活用を目指した新規事業開発に携わる。2016年に会社員をしながら、株式会社シンギュレイトを創業。
職場でのコミュニケーション・データを活用した次世代ピープルアナリティクスの事業化をおこなう。2021年に、信頼にもとづく1on1マネジメントツール「Ando-san」をリリース。2022年には、信頼の理論にもとづき、イノベーションを目指す組織開発をおこなうための組織診断サーベイ「イノベーション・サーベイ」の提供を開始。情報量規準が好き、サッカー好き、漫画好き。
https://prtimes.jp/story/detail/bvKgpAslj2B
ミッション
興味関心
日本企業の生産性向上や組織改革が叫ばれて久しいが、「人が活きる組織」の実現はいまだ容易ではない。スキル研修や目標管理制度は導入されはじめてきた一方で、社員の主体性や創造性が十分に発揮されているとは言い難い。役割に縛られ、本音を語れず、上司と部下の間に見えない壁が立ちはだかる──そうした組織は今も多く存在している。とりわけ近年は、働き方の多様化やAIの進展によって、「人をどうマネジメントするか」そのものが、根本から問い直されている。
この課題に、科学の視点から切り込んできたのが、シンギュレイト代表取締役の鹿内学氏だ。認知神経科学の研究者としてキャリアをスタートし、リクルート、パーソルを経て2016年に起業。日本で「ピープルアナリティクス」という言葉がほとんど知られていなかった時代から、データと科学的知見に基づく組織マネジメントの可能性を探ってきた。
シンギュレイトが開発した『Ando-san(あんどうさん)』は1on1対話を支援するツールだ。ただし、それは単なる面談記録システムではない。その根底にあるのは、「聞くこともマネジメントの中核である」という発想と、主体性こそがイノベーションの源泉になるという信念だ。
さらに鹿内氏の構想は、個別の手法にとどまらない。人的資源(Resource)から人的資産(Asset)、さらに人的資本(Capital)へという概念の転換。信頼と安心・安全の本質的な違い。価値観でつながる組織への移行──。これらは、産業社会が前提としてきた人間観そのものへの問い直しでもある。
アカデミアとビジネスを往還し、科学と人間性の接点で格闘してきた起業家は、組織と社会の変化をどこまで見据えているのか。
認知神経科学からビジネスへ──研究者が見た組織の課題

組織の成果は、優秀な個人を集めれば最大化される──。採用、評価、育成の多くは、今なおこの前提の上に設計されている。しかし現実には、高度な専門性を持つ人材が揃っても、プロジェクトが停滞し、意思決定が遅れ、期待した成果に至らない場面が繰り返されている。
研究の世界でも企業でも、この矛盾は珍しくない。能力は十分にあるはずなのに、なぜ組織として機能しないのか。問題は個々人の力ではなく、それらを束ねる構造や関係性にあるのではないか。
鹿内氏は、認知神経科学の研究者として国家プロジェクトに参画し、その運営や調整役を担う中で、この問題を当事者として経験した。優れた研究者が集まっても、プロジェクトは自然には回らない。成果を左右していたのは、研究内容そのものではなく、組織の設計だった。
- インタビュアー
- 高校生の頃から人間について研究したいという思いを持ちながら、電気電子工学から認知神経科学へと進まれた経緯を教えてください。この学際的なバックグラウンドが、後の事業構想にどう影響したのでしょうか。
- 鹿内
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人間について研究したいという思いはありましたが、心理学は文系の学部だったので、理系に進みたいと考え、電気電子工学を選びました。その後、脳の研究が、情報学、医学、工学など複数の領域が結集する学際的な分野だと知り、奈良先端科学技術大学院大学に進学しました。
研究室には、機械学習を基盤に、遺伝子分析やロボット、脳画像解析など、多様な研究者が集まっていました。認知神経科学を本格的に始めたのは博士課程からですが、この学際的な環境は後の事業構想に大きく影響しています。組織の問題も、心理学だけ、データサイエンスだけでは解決できない。複数の視点を統合することの重要性を、研究者時代に学びました。
- インタビュアー
- 国家プロジェクトに参画された際、「研究者ではなく事務方として雇ってほしい」と申し出たそうですね。
- 鹿内
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研究者個々人の能力は高いのに、研究というプロジェクトをうまく回せていないのではないか、という感覚がありました。民間事業で言うプロジェクトマネージャーの役割が存在していなかったんです。研究資金を取ってくることも含め、そうした役割を自分が担った方が、プロジェクト全体としては効果的だと考えました。
今から振り返ると、当時から「優れた人が集まっただけでは成果は出ない」という感覚を持っていたのだと思います。その後、大学院時代の先輩の紹介でエージェントと出会い、リクルートを転職先として勧められました。
- インタビュアー
- いくつかの選択肢があった中で、リクルートを転職先に選ばれた決め手は何ですか。
- 鹿内
-
意思決定の速さです。電話をいただいてから4日後には面談が組まれ、その日のうちに内定が決まりました。研究者の世界では、自身の研究内容を説明して、その人が持っている知識やスキルを問われることが多いのですが、リクルートでは技術的なスキルよりも人間性を見ている印象がありました。「鹿内さんができることを事業にしましょう」と言っていただいたのも印象に残っています。
ただ、新しいことを始める判断が早ければ、やめる判断も早い。2015年3月の入社でしたが、その半年後には新規事業部門がクローズに向かいました。しかし、研究者時代から自分で資金を集めてきた経験があったので、「では自分でやろう」と前向きに捉えることができました。
リクルートホールディングスの社内起業制度「Recruit Ventures」に応募し、「組織のコミュニケーションをデータで可視化する」というテーマで2015年7月ごろに採用されました。そこで出会ったのが、アメリカのスタートアップHumanyzeの創業者Ben Waber氏です。
Humanyzeは、ウェアラブルデバイスによって組織内のコミュニケーションを可視化するデバイスや技術を持っていました。私たちは彼らの技術を用い、リクルート大阪支店で実証実験(PoC)を行いました。
技術的な手応えはありましたが、同時に限界も見えてきました。データは取れるものの、それをどう使えば組織が良くなるのかが分からなかった。「誰が、何をすれば変わるのか」を示すサービスレイヤーが欠けていたのです。この「データと課題解決の間の溝」が、後のシンギュレイト創業の原点になっています。
『Ando-san』が実現する、“聴く”マネジメント

マネジメントとは、部下に答えを与え、方向性を示し、成果へ導くことだ──。日本の組織では、長らくそう考えられてきた。その結果、「聞く」という行為は、共感や配慮といった補助的なスキルとして扱われがちだった。
しかし現場では、教えることに注力するほど、部下の考えや可能性が見えなくなるという逆説が起きている。スキルや経験は存在していても、言語化されず、共有されず、活用されないまま埋もれていく。
『Ando-san』は、この構造を前提から組み替える試みである。聞くことをマネジメントの中心に据え、属人的になりがちな1on1を再現可能な仕組みとして設計し直す。その狙いは、対話を通じて主体性を引き出し、組織の中で生かすことにある。
- インタビュアー
- 創業から実際に売上が立つまでの道のりについて教えてください。
- 鹿内
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2016年12月に創業しましたが、当時この領域に市場はほとんどありませんでした。その後しばらくは啓蒙活動が中心で、「1on1の重要性」や「主体性を引き出すマネジメント」について発信を続けてきました。徐々に共感してくれる企業が現れ、2019年頃から売上が立ち始めました。
現在は、『Ando-san』とイノベーションサーベイの2つを提供しています。『Ando-san』は、OJTの中で「聞く」というスキルを磨くためのツールで、対話内容のフィードバックを通じて1on1の質を継続的に高めていきます。
イノベーションサーベイは、組織の主体性やイノベーション創出力を測定するアセスメントです。導入前後で実施することで、対話による変化を定量的に検証できます。この2つを組み合わせることで、施策と結果を一体として捉えられるようになります。
- インタビュアー
- 製造業の現場での反応について教えてください。
- 鹿内
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最初のオリエンテーションでは、「この人は話を聞かないタイプだろうな」と感じるマネージャーもいました。しかし、『Ando-san』を数ヶ月使って部下と対話を続ける中で、明らかな変化が起きます。
「話を聞いてみたら、この部下はこんなに素晴らしかったんだ」。対話を通じて、本人も上司も気づいていなかったスキルや経験が言語化される。その瞬間、眠っていた能力が、組織の中で使われる資本へと変わっていきます。
スキルトレーニングと主体性の関係で言えば、どちらが先かという話です。主体性が立ち上がることで、人は自ら必要なスキルを学ぶようになる。スキルそのものは重要ですが、強制されるよりも自発的に身につけた方が定着します。
- インタビュアー
- 『Ando-san』では、具体的にどんな対話を促しているのでしょうか。
- 鹿内
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たとえば、メンバーに「この作業、好きですか? 嫌いですか?」という感情の話をしてもらうようにしています。もしかしたら嫌いでもやらなきゃいけないことはあるかもしれませんが、まずそれを表明して、共有しておくことが大事なんです。
こうした対話を重ねることで、「二人でたどり着けた感」が生まれるんです。メンバー本人も気づいていなかったキャリアの希望やスキルが、対話の中で言語化されていく。その瞬間に、上司は「この人をこう生かせるんだ」と気づく。これがまさに、人的資産を資本として捉え、活かし発展させるということです。
もう一つ重要なのは、話すことだけでなく、聞くこともビジネスの武器だということです。プレゼンテーションや発信力は明らかに仕事の中での武器の一つですが、話を聞くことも同じくらい武器になります。この場合の「きく」とは、ただ漫然と「聞く」のではなく、部下の話、言葉に耳を傾けて「聴く」ことです。『Ando-san』を使ったマネージャーたちは、聞くことがマネジメントのもう一つの武器になると実感してくれています。
そして、こうした対話を通じて組織は「学習する組織」に変わっていきます。失敗したら怒られる、詰められる——そういう痛みを伴う学びも必要な場面はありますが、それだけでは人は萎縮してしまう。失敗を共有し、「ここを目指していたよね、次はこうしよう」と言い合える関係性があれば、学びの質が劇的に変わります。
資金の壁と研究者マインドの営業力

研究者出身の起業家は、営業や資金調達が苦手だ──そうした見方は今も根強い。スタートアップにとって、資金と売上の壁は避けて通れない現実でもある。とりわけ、研究者出身の起業家にとって、思想と事業の現実を同時に回すことは大きな負荷となる。
鹿内氏が最も苦しかったと振り返るのは、資金繰りだった。組織拡大のタイミングでランウェイが意識され、時間とのプレッシャーがのしかかった。ただ、研究者時代から不確実性の中で成果を出す経験を積んできたことが、短期決戦への耐性につながっていた。
研究者は、実験も資金調達もプレゼンも自分でやる。その泥臭さを厭わない姿勢が、結果として営業や事業開発にも生きた。
- インタビュアー
- これまでで最も苦しかった壁と、それをどうやって乗り越えたかを教えてください。
- 鹿内
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最も苦しかったのは、資金繰りです。もともとは売上や利益を投資に回して小さくやっていましたが、2024年3月に植野剛さん(当時、サイエンスチーム責任者。現在は、関西学院大学経営戦略研究科准教授)に参画してもらったタイミングで資金調達を考え、組織の規模が大きくなりました。そうすると、売上だけでは賄えなくなり、ランウェイが見えてくる。時間への焦りは、研究者にはないプレッシャーでした。ただ研究者、特に若手は基本的に年俸制で、1年契約を繰り返します。3〜5年のプロジェクトもありますが、原則1年で次も契約を取っていく。当時はそれに文句を言っていましたが、ビジネスではさらに短いサイクルです。
2024年1月にミレイズさんや複数の個人投資家から資金調達を行いました。そして2025年2月にはプライムパートナーズさんから調達しています。僕自身、思った以上に自分で営業ができて、売上を立てられました。研究者が売れるものなら誰でも売れると思っていましたが、なかなかそうでもなかった。研究者は基本的に泥臭く、何でも自分でやります。実験も資金調達もプレゼンも全部自分です。そういう泥臭いところを厭わずにやれる、泥臭いとすら思っていない。ただやれば成果が出るという感覚で、それをやれる実行力は研究者で培ったものです。
- インタビュアー
- 営業とプロダクト開発の両立、そして今後の組織体制について教えてください。
- 鹿内
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両立は大変ですね。営業をやっている時にプロダクトの構想を考えるのは難しいですし、ベンチャーキャピタルと話す時は売上の話だけでなく、今後の構想も語らなければならない。頭が切り替わらないんです。足元の具体的な売上の話と、抽象度の高い話を同時にこなさなければならない。さらに言えば、投資家には、その具体と抽象の間の話を求められているのだろうなと思いながら、バランスを取るのに苦労しています。
ナンバー2として参画してくれる人を見つけるのが今の課題です。役割分担ができれば、私は構想に集中でき、足元の営業や実務は別の人に任せられます。営業を型にして実行できるメンバーを採用すること、そしてフルコミットのエンジニアを迎えることが直近の課題です。
信頼と主体性で変わる組織の未来

組織論の文脈では、「心理的安全性」や「信頼」という言葉が頻繁に使われる。しかし、それらが何を指し、何が違うのかは、実務の中で十分に整理されてきたとは言い難い。
鹿内氏は、安心・安全と信頼を明確に切り分ける。前者は利害の一致から生まれ、後者は価値観の共有から生まれる。この違いは、平時には見えにくいが、失敗や挑戦の局面で決定的な差となって現れる。
役割や階層で人を束ねる組織から、価値観でつながる組織へ。能力やスキルはAIが補完する時代において、人が集まる理由そのものが変わりつつある。
- インタビュアー
- 産業で蓄積したデータをアカデミアに還元する構想についても聞かせてください。また、アカデミアとビジネスの間での知見の循環が、これまであまり機能してこなかった理由は何だと考えますか。
- 鹿内
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シンギュレイトは、アカデミアの発見や理論をサービスに生かしています。でも逆の流れ——産業からアカデミアへの還元——は、実は資金提供ぐらいしかないんですよね。
ただ、データサイエンスの分野だけは違います。この20年で、産業で蓄積されたデータを研究資材として使う流れができました。私たちが扱っている労働データも、経済学の研究に十分使えるはずです。将来的には、このデータをアカデミアに提供したり、自ら論文を書いたりしたいと考えています。そういう循環をきちんと作れば、アカデミアのレベルが上がり、それがまた産業に戻ってくる。人の流動性も良くなります。
- インタビュアー
- 理論と実践のギャップということでしょうか。
- 鹿内
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まさにそうです。先日、早稲田大学でリーダーシップ研究をされている方と対談したのですが、「こういう話は40年前からあるんだ」と言われました。たとえば、スキルトレーニングよりも主体性を引き出すトレーニングの方が企業価値が上がるという研究は、2017年にも発表されています。(※)理論としては、もう実証済みなんです。
でも、頭では「そうかもな」と思っても、いざ現場で何かやろうとすると、みんなスキルトレーニングに走ってしまう。なぜかというと、理論と体験の間をつなぐ言葉がなかったからだと思うんです。
『Ando-san』を導入した企業では、マネージャーが「話を聞いてみたら、この部下はこんなに素晴らしかったんだ」と実感として理解してくれます。この理論と体験の間をうまく言語化できれば、一気に広がると思っています。
データを使った実証研究の価値が、今まさに見直されています。近年のノーベル経済学賞を見ても、イノベーションに関わる研究が続いています。昔は、マクロ経済の数式を書くような理論研究が中心でしたが、今は実証的な研究がすごく増えている。シンギュレイトで取れているデータは、経済学にもちゃんと貢献できるものだと思っています。
- インタビュアー
- イノベーションを生み出すには「信頼」が重要だとおっしゃっていますが、よく言われる「安心・安全」とは何が違うのでしょうか?
- 鹿内
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信頼と安心安全は、実は真逆なんです。安心安全は利害の一致から生まれます。給料がもらえる、会社が伸びれば自分の給料も上がる、といった関係性ですね。
一方、信頼は価値観の共有から生まれます。イノベーションでは必ず失敗するので、「お互いここを目指していたよね」という共通理解がないと、失敗した時に「何やってたんだ」となってしまう。でも価値観が共有できていれば、「今回は失敗したけど、もう一回やろう」と言い合えるんです。
信頼関係とよく言いますが、別に仲が良いということではありません。相手が考えていることが一定の範囲で予測でき、そこにイレギュラーが発生すると怖い——そういうイメージの乖離が生まれた時に、人間関係もずれていきます。だからこそ、価値観や意図をきちんと言語化して表明し合うことが、信頼の土台になるんです。
- インタビュアー
- これからの組織は、どう変わっていくとお考えですか?
- 鹿内
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今までの組織は、役割や機能で動いていました。価値観を合わせなくてもいいから仕事しろ、という環境だった。だからバリアを作らなければいけなかったんです。
でもこれからは、価値観ややりたいこと、好きなことが揃った人同士で組む方が、圧倒的に力を発揮できる。スキルや知識といった専門性の高い能力は、組織の「資産」として、ますます重要になってきます。ただ、その「資産」を運用する「資本」が、価値観でのつながり・信頼でのつながりなのです。価値観でつながる組織構成に最適化されていくと思います。
- インタビュアー
- そうした変化を、どのように広げていこうと考えていますか?
- 鹿内
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正直、私が構想している信頼や対話、主体性といったものは、人によっては「余計なことしてくれるな」と思っているはずです。おそらく7割、8割、もしかしたら9割の人はそう感じているかもしれません。なぜなら、安心・安全じゃないから(笑)
でも、製造業のマネージャーたちが「話を聞いてみたら、この部下はこんなに素晴らしかったんだ」と言ってくれる。こういう体験が生まれるなら、可能性はあると思うんです。
草の根的に、1対1の結びつきをN対Nに広げていく。その総和が、いずれ日本全体のイノベーションのサイズに追いついていく——それが私が目指している姿です。今は達成度で言えば2〜3割のところにいますが、これは倍々で広がっていくし、どこかのタイミングで一気にインフルエンスしていくと信じています。

日本の組織改革は長らく、「スキルを高めれば成果が出る」「制度を変えれば人は動く」という通説の上に築かれてきた。しかしその結果、多くの組織で、すでに存在している能力や意欲が十分に使われないまま放置されている。問題は人材の質ではない。人の力を引き出し、結び直す設計が、これまで十分に与えられてこなかったのである。
人が足りないのではない。人の力を使い切れていないだけだ。主体性は特別な人に備わった資質ではなく、環境や関係性によって立ち上がるものだという前提に立てば、組織の見え方は大きく変わる。対話によって意図や価値観が共有されるとき、個人の能力は初めて、組織の中で意味を持つ力として機能し始める。
その前提に立ち、シンギュレイトは「聞く」という行為を、属人的な善意や経験則に委ねるのではなく、組織に組み込まれた仕組みとして実装してきた。データと科学的知見に基づき、主体性が生まれる条件を設計し、再現可能な形で現場に届ける。
その背後にあるのは、人間は本来、信頼され、理解されることで力を発揮する存在だという確信である。効率や標準化を前提とした産業社会の価値観から、多様性と創造性を基盤とする社会へ——鹿内学氏の実践は、その移行の一つの方向性を静かに示している。
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